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愛知県一宮市水法白山社
芝馬祭の由来と起源

【芝馬祭りの由来と起源】
愛知県一宮市浅野水法町内にある白山社において例年、八朔の日(旧の81日)にとり行われます。
この祭りは鎌倉時代の1281年(弘安4年)蒙古軍14万襲来の時にこの地から出征した軍馬が大活躍をし、日本軍の勝利に貢献したことからこの祭りの起源であるといわれています。
この白山社氏子の男児たちが、胴体、顔を茅(ちがや)で作った芝馬(目はナスにほおづきの実と唐辛子、シンボルにはコウライ(とうもろこし)とナスを2個)を町内練り歩き、最後は町内東を流れる水法川へ流して無病息災を祈ります。(水法川と呼ばれていたのは今の新般若用水にあたります。)

【芝馬祭りの制作】
芝馬の制作はこの日の朝から芝馬祭り保存会を主として製作委員や年番となる町内の各地域の大人たちが中心となり境内の茅(チガヤ)を刈り、束ねて上あご、下あご、舌となる3枚茅をよって作り、重ね合わせて顔ができ、徐々に胴体を作り上げていきナスとほおづきの目、コウライ(とうもろこし)とナスのシンボルをつけて昼過ぎに完成します。足の部分には樫の木が4本つけられます。縛るのはもちろん自然の物からなりますので全てフジヅルを裂いたりして利用します。
※現在氏子となる主役の子供たちは学校の授業などもあり朝から祭りの準備に参加はしませんが昔は子供たちがチガヤを刈って製作などにも携わりました。


茅を使うようになったのはどうしてですか?と関係者に尋ねてみると、「もともと茅はこの地にもたくさん生えていて、馬のえさなどにしていたことからではないだろうか?」 
と答えていただきました。
また、芝馬に使用する茅の量はだいたい70から80kgほども使うそうです。
その年の茅のできばえは稲に準じるそうですが雨が多いと生育は良いそうです。低温の年などの場合は不作とのことです。
顔の部分でねじってある部分を(より)といいますがこのよりは、通常は先端から7回よるそうです。またお宮のことは左回りだと言う方もあるそうですが上と下は逆だと作りやすいそうです。

近年は外に向けてよるそうで大きく口を開け強そうな芝馬が完成します。近年(昭和晩期)になってからは、しっぽをつけるようになったそうで、コヌカ草や場合によりキビ(もしくはアワ)などがつけられる様になりました。

【子供たちの練り歩きは】
昔は当然台車なども付いてなく、道路も整備されていないため茅があちらこちらに抜け落ちていました。子供の数も多く道路いっぱいになり、車などは止めてしまっていました。

1年から3年生は芝馬の後ろを縄につかまって歩き4年生から5年生は芝馬の前を縄で引っ張ります。6年生になると2人が胴体真ん中を片手で最後まで胴体を縛ってあるフジヅルが切れないように持ち上げて歩くので大変な仕事となります。

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